老人環
老人環(ろうじんかん, Arcus senilis)とは、加齢に伴って黒目の端(角膜周辺部)に現れる白色の輪状の変化を指します。
高齢者によくみられ、一般的には視力に影響しませんが、外見上の変化が気になるという方もいます。
本記事では、老人環の特徴や原因、治療法などについて詳しく解説します。
この記事の著者
名前 / Name
高田 尚忠(たかだ なおただ)
高田眼科 院長|ひとみ眼科 / フラミンゴ美容クリニック 眼瞼手術担当医師
岡山大学医学部卒業後、郡山医療生活協同組合 桑野協立病院などの様々な医療機関を勤務し、現在は高田眼科の院長を務める。2022年3月より、名古屋市内の伏見駅近くのフラミンゴ眼瞼・美容クリニックを開院。
老人環の症状
老人環は黒目(角膜)の濁りが主な症状です。
痛みや充血、見えにくさなどの症状は基本的にありません。
黒目が白くなることから白内障と勘違いする人もいますが、白内障とは異なる疾患です。
角膜の端に現れる白い濁り
老人環の特徴的な症状は、角膜の端(周辺部)にみられるドーナツ状の濁りです。
濁りは白色や灰白色で、通常は角膜の上や下から始まります。
時間が経つと段々と角膜の縁に沿って伸びていき、最終的にはつながって輪っかのような見た目になります。
濁りの程度には個人差があって、うっすらと白くなっているものから鏡で見てはっきりと分かるものまでさまざまです。
症状の進行速度
老人環の症状は、時間をかけてゆっくりと進行していく特徴があります。
年を重ねるごとに範囲が広がり、白い色も濃くなっていく人が多いです。
角膜の濁りが広がるスピードは人それぞれで、数年から数十年かけて症状が進みます。
進行段階 | 特徴 |
---|---|
初期 | 角膜の上下に薄い白い濁りが現れます。 |
中期 | 濁りが角膜の縁に沿って伸びていきます。 |
後期 | 完全な輪っか状の白い濁りになります。 |
黒目の濁りは両目に現れる
老人環は、両方の目に同時に現れる人がほとんどです。
ただし、症状の進行度合いは、右と左で若干の差が生じる場合があります。
視力への影響
通常であれば、角膜が濁ると、視界のぼやけや視力の低下が認められるようになります。
ただ、老人環は黒目の端に現れる濁りで、角膜の真ん中までは広がらないため、視力には影響を及ぼしません。
※黒目の中央にある瞳孔に濁りが被る帯状角膜変性や、細菌性角膜炎のような他の角膜疾患では、物が見えにくくなります。
老人環の原因
老人環は主に加齢が原因で、女性よりも男性のほうが発症率が高いです。
- 脂質が角膜に沈着して起こる
- 加齢が主な原因
- 脂質代謝異常や心血管疾患と関連している場合も
コレステロールやリン脂質の沈着
なぜ黒目の端が白くなってしまうのかというと、脂質が角膜にくっつくためです。
具体的には、コレステロール、リン脂質、トリグリセリド(いわゆる中性脂肪)、リポタンパク質などの脂質が角膜に沈着して白くなり、老人環として現れます。
加齢が代表的な原因
老人環の代表的な原因は、加齢です。
50歳以上の日本人1088人を対象にした調査では、老人環の有病率が32.2%でした(それぞれ初期24.8%、中等度6.4%、進行期1.0%)1)。
また、一部の研究では80歳以上の人は100%老人環を発症しているとの報告があります2)。
加齢は身体にさまざまな変化を及ぼしますが、その一つとして脂質代謝が変化し、コレステロールやリン脂質などが角膜に沈着しやすくなるために老人環が起こります。
脂質代謝異常の影響
「老人環 = 脂質代謝異常」という訳ではありませんが、脂質代謝異常の合併症として老人環になるケースもあります。
高コレステロール血症や高トリグリセリド血症などの脂質異常症がある場合、老人環が発生するリスクが高まります。
このような状態は、血中の脂質濃度が上昇して角膜への脂質の沈着を促します。
※50代未満の人では「若年環」と呼ばれ、扱いが異なります。高齢の人に比べて高コレステロール血症の可能性が高まるため、内科での詳しい検査が必要です。
心血管疾患との関係性
脂質代謝異常があると起こりやすいのが、心血管疾患※1です。
※1心血管疾患:心臓や心臓につながる血管に異常が起こり、心臓への血液供給が不十分になる病気。不整脈や狭心症、心筋梗塞などが代表例。
そのため、脂質代謝異常と同じように、心血管疾患も老人環との関係性が指摘されています。
老人環がある人は、これから心血管疾患を発症するリスクが高いとする調査報告が複数あります3)4)5)。
ただ、40歳以上の人では老人環があっても必ずしも心血管疾患の予測因子ではないといった報告もあります6)。
どの研究結果が正しいとは断言できませんが、病気を早期発見したり生活習慣を見直すきっかけにするためにも、老人環の有無にかかわらず少なくとも年に1回は健康診断を受けるようにしましょう。
老人環の検査・チェック方法
老人環の検査は、スリットランプ検査を用いて行われます。
スリットランプ検査
スリットランプは細隙灯顕微鏡(さいげきとうけんびきょう)とも言い、どの眼科にもある一般的な検査機器です。
機器の前に座わって目に光を当て、顕微鏡のようなレンズ越しに医師が目を観察します。
どの部分に濁りがあるのか、濁りの程度はどれくらいか、老人環の他に異常がないかなどを詳しく診る検査です。
その他の検査
- 眼圧検査:眼球内の圧力を検査します。
- 眼底検査:眼底(網膜)を詳しく診る検査です。
- 角膜トポグラフィー:角膜表面の形状を測定する検査です。
角膜に濁りが生じる他の疾患との鑑別が必要なときは、眼圧検査や眼底検査などを行う場合があります。
老人環の治療方法と治療薬について
老人環は老化現象の1つですので、基本的に治療は必要ありません。
老人環を直したい場合
老人環自体は目に悪さをしたり視力を低下させたりするものではありませんが、美容上の問題から「老人環を直したい」「老人環の手術を受けたい」といった人もいます。
残念ながら、老人環の手術や治療薬はありません。
とはいっても、どうしても見た目が気になるようであれば、サークルレンズを使用するのも一つの方法です。
サークルレンズはレンズの縁(ふち)が着色されたカラーコンタクトレンズの一種です。
レンズの付け外しやケアの手間はかかりますが、老人環をカバーしてくれるメリットがあります。
定期的に眼科検診を受けましょう
年齢層 | 検診間隔の目安 |
---|---|
40-64歳 | 2~4年ごと |
65歳以上 | 1~2年ごと |
老人環そのものは治療が必要ありませんが、40歳を過ぎたら定期的な眼科検診が推奨されます。
痛みや充血などの目立った症状がないと検診のタイミングを逃してしまいがちですが、年齢が上がると、白内障や加齢性黄斑変性※2などのリスクも高くなります。
1~4年に一度は眼科に足を運びましょう。
※2加齢性黄斑変性(AMD):加齢に伴って網膜の中心にある黄斑に障害が生じる病気。物が歪んで見える、視力が下がるなどが主な症状で、失明の危険性もある。
保険適用の有無と診察代の目安について
老人環の診察や検査にかかる費用は、基本的に保険適用となります。
具体的な費用の目安7)
項目 | 1割負担 | 3割負担 |
---|---|---|
初診料 | 291円 | 873円 |
再診料 | 75円 | 225円 |
スリットランプ検査 | 48円 | 144円 |
眼圧検査 | 82~137円 | 246~411円 |
※この他に、夜間・早朝等加算、外来感染対策向上加算などが数十円から数百円プラスとなる場合があります。
眼科で行われる診察や検査にかかる1回あたりの費用は検査の種類や負担割合によって異なりますが、数百円から数千円程度です。
詳しい検査や費用については各医療機関にお問い合わせください。
参考文献
1) Sakamoto A, Sasaki H, Jonasson F, et al. Prevalence of Arcus Senalis inthe Japanese and Icelandic populations. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2004;45(13):3743.
2) Akul Munjal; Evan J. Kaufman. Arcus Senilis. StatPearls [Internet]. 2023.
3) Wong MYZ, Man REK, Gupta P, Lim SH, Lim B, Tham YC, Sabanayagam C, Wong TY, Cheng CY, Lamoureux EL. Is Corneal Arcus Independently Associated With Incident Cardiovascular Disease in Asians?. Am J Ophthalmol. 2017 Nov;183:99-106.
4) Ang M, Wong W, Park J, Wu R, Lavanya R, Zheng Y, Cajucom-Uy H, Tai ES, Wong TY. Corneal arcus is a sign of cardiovascular disease, even in low-risk persons. Am J Ophthalmol. 2011 Nov;152(5):864-71.e1.
5) Wu R, Wang JJ, Tai ES, Wong TY. Cardiovascular risk factors, inflammation, and corneal arcus: the singapore malay eye study. Am J Ophthalmol. 2010 Oct;150(4):581-587.e1.
6) Barchiesi BJ, Eckel RH, Ellis PP. The cornea and disorders of lipid metabolism. Surv Ophthalmol. 1991 Jul-Aug;36(1):1-22.
7) 眼科点数早見表/日本眼科学会
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