梅毒性角膜実質炎
梅毒性角膜実質炎(luetic interstitial keratitis)とは、梅毒トレポネーマ感染により角膜に炎症が生じ、視力低下を引き起こす可能性がある疾患です。
梅毒は性感染症(STD)の一つで、感染力が強く放置すると全身に様々な症状が現れますが、まれに角膜にも炎症が波及して目の痛みや視界のぼやけなどが認められるケースがあります。
当ページでは、梅毒性角膜実質炎の症状や原因、診断方法や治療方法について詳しく解説します。
この記事の著者
名前 / Name
高田 尚忠(たかだ なおただ)
高田眼科 院長|ひとみ眼科 / フラミンゴ美容クリニック 眼瞼手術担当医師
岡山大学医学部卒業後、郡山医療生活協同組合 桑野協立病院などの様々な医療機関を勤務し、現在は高田眼科の院長を務める。2022年3月より、名古屋市内の伏見駅近くのフラミンゴ眼瞼・美容クリニックを開院。
梅毒性角膜実質炎の特徴
梅毒性角膜実質炎は、性感染症(STD)である梅毒の眼合併症の一種です。
梅毒の感染者数は近年増加していて、2023年には14,906件と過去最多の報告数となっています1)。
梅毒は感染しても無症状の人もいますが、患者の増加に合わせ、今後は梅毒性角膜実質炎の発症数も増えていくのではないかと予想されます。
先天梅毒・後天梅毒と梅毒性角膜実質炎
梅毒の感染経路による分類には、胎児が子宮内で感染する「先天梅毒」と、それ以外による感染が原因の「後天梅毒」があります。
梅毒性角膜実質炎の95%が先天梅毒によるもので、成人梅毒患者で活動性の角膜実質炎を発症するケースは稀です2)。
先天梅毒では、生後約2年以降に梅毒性角膜実質炎を発症します3)。
ほとんどが両眼性ですが、後天梅毒による梅毒性角膜実質炎では片眼性が多いとされています4)。
角膜実質炎の特徴
角膜実質炎は、黒目を覆う角膜のうち、真ん中の層である角膜実質が炎症を起こしている状態を指します。
角膜実質に炎症細胞が入り込む「角膜浸潤」によって、角膜の濁り(混濁)が認められます。
重症度によって予後には差がありますが、治療が済んでからもある程度の角膜混濁が残り、軽度から中等度の視覚障害が生じるケースがあります5)。
梅毒性角膜実質炎の症状
梅毒性角膜実質炎の症状は、光に対するまぶしさ、目の痛み、涙の増加、視界のぼやけが一般的です。
- 光を異常にまぶしく感じる、目に痛みを感じる
- 普段よりも涙の量が増加する
- 角膜が白く濁り、視界がぼやける
- 角膜の感覚が鈍くなる
光に対するまぶしさと目の痛み
梅毒性角膜実質炎では、炎症に伴う目の痛みや光に対するまぶしさ(羞明)がみられます。
痛みの程度や光をまぶしく感じる度合いには個人差がありますが、激しい痛みを訴える人もいて、日常生活への影響も考えられます。
涙の増加
目の表面に分布している三叉神経が刺激されて起こる、「分泌性流涙」という涙の増加が認められる場合もあります。
常に目がうるうるしたり、涙が目からあふれ出たりするような症状です。
角膜混濁と視界のぼやけ
角膜(黒目の表面を覆う膜)の混濁と視界のぼやけも、梅毒性角膜実質炎の代表的な症状です。
角膜混濁は角膜実質の炎症により起こり、重症化すると視力が低下する可能性もあります。
角膜知覚の低下
炎症が角膜の神経に影響を及ぼして、角膜知覚の低下が生じる可能性があります。
角膜知覚は目の表面の異物や乾燥を感知するために重要な役割を果たしていますが、知覚が低下すると異物や乾燥に対する防御機能が損なわれ、二次的な合併症を引き起こすリスクが高まります。
眼科所見
また、眼科所見では血管新生や前部ぶとう膜炎などが認められるケースがあります。
所見 | 詳細 |
---|---|
角膜の血管新生 | 角膜に血管が侵入してくる |
前部ぶどう膜炎、脈絡膜炎 | ぶどう膜の前部や脈絡膜が炎症する |
角膜の血管新生
角膜の血管新生は、炎症が長引いている人によく認められる眼科所見の一つです。
血管新生とは、本来血管のない組織である角膜に新しい血管が侵入・増殖する現象を指し、角膜の透明性を損なって視力が低下する恐れがあります。
前部ぶどう膜炎と脈絡膜炎
梅毒性角膜実質炎では、一般的に前部ぶどう膜炎※1や脈絡膜炎※2が認められます。
※1前部ぶどう膜炎:虹彩、毛様体、脈絡膜から成るぶどう膜に炎症が生じ、かすみ目や充血、目の痛みや涙の増加などがみられる。
※2脈絡膜炎:後部ぶどう脈にある脈絡膜が炎症している状態。脈絡膜炎は網膜まで炎症が及んでいるケースが多く、視力低下やかすみ目、飛蚊症などの症状が現れる。
ぶどう膜は血流が豊富であるため、炎症が生じやすい組織です。
梅毒性角膜実質炎の原因
梅毒性角膜実質炎の原因については研究されているものの、感染機構と免疫機構を含めた発症の仕組みは、完全には解明されていません6)。
ただ、梅毒菌の直接侵入または抗原に対する免疫反応と考えられ、菌体そのものが病巣で認められるケースは稀なので、多くが免疫反応によるものと予想されています。
梅毒トレポネーマ感染から目への感染
感染経路 | 感染の方法 |
---|---|
性的接触 | 原因菌を保有した感染者との粘膜や皮膚の接触 |
母子感染 | 感染した妊婦の胎盤を通じた感染 |
梅毒の原因は、梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)への感染です。性感染症の一つであり、母親から胎児への母子感染も起こり得ます。
梅毒トレポネーマが体内で増殖して血液の流れに乗って全身に広がると、目を含むさまざまな臓器に感染が及びます。
さらに、神経を伝った目への感染、結膜や角膜の細かな傷からの直接感染の可能性も考えられます。
梅毒トレポネーマ抗原に対する免疫反応
梅毒性角膜実質炎の原因として考えられているのが、梅毒トレポネーマ抗原に対する免疫反応です。
目に感染した梅毒トレポネーマに身体が反応し、好中球や好酸球、好塩基球やT細胞などの炎症性細胞が角膜実質に入り込んで白く濁ります。
原因に対する注意点
- 母親の梅毒に対する治療が不十分だと、胎児に感染する恐れがあります。
- 感染から3週間以降で性器や肛門、口にしこりや潰瘍ができ、1カ月程度で自然に治りますが、身体のなかから梅毒トレポネーマが消えたわけではありません。
- 梅毒性角膜実質炎の発症を防ぐためにも、梅毒の早期発見と治療が望まれます。
梅毒は感染から発症までの期間に大きなバラつきがあり、病期に応じて異なる臨床像が認められます。
梅毒性角膜実質炎の発症は、梅毒トレポネーマへの感染から数週間~3カ月以内であっても起こる可能性がありますので注意が必要です7)。
梅毒性角膜実質炎の検査・チェック方法
梅毒性角膜実質炎の診断では、前眼部の観察と血清学的検査が基本です。
検査方法 | 詳細 |
---|---|
前眼部の観察 | スリットランプによる観察 |
梅毒血清反応検査 | 血液を採取して梅毒感染を特定 |
全身症状のチェック | 皮膚やリンパ節、口腔に異常がないかの確認 |
前眼部の観察
前眼部の観察にはスリットランプ(細隙灯顕微鏡)が用いられます。
光の束を目に当てながら顕微鏡を使って、角膜や結膜の状態、濁りの有無や程度などを細かくチェックします。
梅毒血清反応検査
梅毒性角膜実質炎が疑われる場合、病因を特定するための梅毒血清反応検査を行います。
血液サンプルを用いて梅毒トレポネーマ抗体の有無を調べる検査です。
代表的な検査法としては、STS法、RPR法、TPHA法の3種類が挙げられます。
- STS法(Serologic Test for Syphilis)
- RPR法(Rapid Plasma Reagin test)
- TPHA法(Treponema Pallidum Hemagglutination Assay)
また、梅毒の最終確認法として推奨されているFTA-ABS法(トレポネーマ蛍光抗体吸収試験)などが用いられる場合もあり、検査によって梅毒感染の有無を確認して角膜実質炎との関連性を評価していきます。
検査方法ごとに陽性となる時期や特徴が異なるため、複数の検査を行うケースも多いです。
全身症状のチェック
全身症状 | チェックポイント |
---|---|
皮膚 | 梅毒疹、掌蹠膿疱症 |
リンパ節 | 全身性リンパ節腫脹 |
口腔 | 粘膜病変 |
梅毒性角膜実質炎の人は、梅毒感染に伴う全身症状が現れているケースが見受けられますので、皮膚やリンパ節などの症状確認も大切です。
全身症状を総合的に評価して梅毒感染の全体像を把握し、角膜実質炎との関連性を明らかにできます。
梅毒性角膜実質炎の治療方法と治療薬について
梅毒への全身治療により眼症状が改善する場合がありますが、点眼薬を用いた局所療法を平行して行うことが推奨されています。
治療内容 | 方法 |
---|---|
ペニシリンによる全身治療 | 梅毒に対する基本的な治療。内服や筋肉注射のみで眼症状が改善するケースもある。 |
ステロイド点眼薬による局所療法 | 梅毒性角膜実質炎による目の炎症を抑えて症状を改善するための治療。 |
免疫抑制点眼薬の併用 | 梅毒性角膜実質炎に対する一般的な治療法ではないが、症状に合わせて併用が検討される。 |
ペニシリンによる全身治療
- 内服薬:アモキシシリン(サワシリン)
- 筋肉注射:ベンジルペニシリンベンザチン水和物水性懸濁筋中(ステルイズ水性懸濁筋注)
梅毒性角膜実質炎の治療では、ペニシリンを用いた全身治療が基本です。
日本感染症学会では、アモキシシリンの内服薬とベンジルペニシリンベンザチン水和物水性懸濁筋中が第一選択の梅毒治療薬としています8)。
ただ、ペニシリンアレルギーのある人は、ミノサイクリン(ミノマイシン)やドキシサイクリン(ビブラマイシン)といったテトラサイクリン系の抗生物質が選択されます。
ステロイド点眼薬による局所療法
- プレドニゾロン
- ベタメタゾン
- フルオロメトロン
全身治療と同時に、ステロイド点眼薬を用いた局所療法も行います。
ステロイド点眼薬を使用する目的は、炎症の抑制と角膜混濁の軽減です。
免疫抑制点眼薬の併用
- シクロスポリン
- タクロリムス
症状が重いときやステロイド点眼薬だけでは炎症のコントロールが十分でないときは、免疫抑制点眼薬の併用を検討する必要があります。
具体的な点眼薬として挙げられるのが、シクロスポリン(パピロックミニ)やタクロリムス(タリムス)です。
海外では、免疫抑制点眼薬の併用治療が有効であった例や治療後3年間の再発がみられなかった例が報告されています9)10)。
梅毒性角膜実質炎の治療期間
梅毒性角膜実質炎の治療期間は、症状の程度によって2週間から数カ月が一つの目安です。
ただし、再発の可能性がある疾患ですので、治療後も定期的な経過観察が必要です。
全身治療による治療期間の目安は2~8週間
- 早期診断の場合:2〜4週間
- 進行した症例:4〜8週間
- 重症例:8週間以上
ペニシリンの内服薬は、症状の進行度に応じて2~8週間を目安に続けます。
筋肉注射では早期梅毒に対して単回、感染から1年以上が経過した梅毒に対しては週に1回の注射を計3回行うのが一般的です。
局所療法による治療期間の目安は数週間~数カ月
- ステロイド点眼薬:数週間
- 免疫抑制点眼薬:数週間~数カ月
梅毒性角膜実質炎は、早期診断・迅速な治療開始により視力の良好な回復が期待できます。
一方で、診断や治療が遅れると角膜の損傷が進行してしまいますので、治療期間が延びる可能性があります。
梅毒性角膜実質炎の薬の副作用や治療のデメリットについて
梅毒性角膜実質炎の治療では、薬による副作用が起こる可能性があります。
治療方法 | 副作用 |
---|---|
全身治療(ペニシリン) | 薬疹、頭痛、発熱、局所痛 など |
局所療法(ステロイド点眼薬) | 眼圧上昇、白内障、感染症のリスク増大 など |
全身治療(ペニシリン)の副作用
ペニシリン製剤は梅毒に効果的な治療薬ですが、治療開始の1週目ごろより薬疹※3が起こる可能性があります。
※3薬疹:薬が体内に入ったために起こる皮膚や粘膜の発疹。
また、治療開始直後に発熱や頭痛などを起こす「ヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応」という副作用も起こり得えます。
24時間以内に収束するのが一般的ですので、このような症状がみられても治療を中止せずに主治医に相談するようにしてください。
ペニシリンの筋肉注射では、投与時に突然の激しい局所痛や腫脹(腫れ)などが現れる場合があります(ニコラウ症候群)。
局所療法(ステロイド点眼薬)の副作用
ステロイド点眼薬は、長期的に使用すると眼圧上昇や白内障などの副作用が発生しやすくなります。
また、目の免疫力を低下させる作用によって細菌やウイルスに感染しやすくなる点にも注意が必要です。
そのため、ステロイド点眼薬の使用は必要最小限にとどめ、定期的な眼圧検査を行いましょう。
梅毒性角膜実質炎の保険適用の有無と治療費の目安について
梅毒性角膜実質炎の治療では、保険が適用されるものと保険適用外のものがあります。
また、自治体ごとに各保健所や検査室などで無料・匿名の梅毒検査が受けられるところもあります11)12)13)。
ただし目の検査は行っておらず、梅毒陽性の場合は、治療のために医療機関を受診する必要があります。
梅毒性角膜実質炎の保険適用について
梅毒性角膜実質炎の治療は、原則として健康保険が適用されます。保険適用の治療には、検査や治療薬が含まれます。
一方、自由診療のみを扱うクリニックでは全額が自己負担となるため注意が必要です。
また、保険診療を行っていても梅毒への使用が保険適用外となる治療薬があり、ペニシリンアレルギーの人に対して使用される内服薬のドキシサイクリンが挙げられます14)。
1カ月あたりの治療費の目安
1カ月あたりの治療費は、ペニシリン内服薬のサワシリンが数百円~1000円程度、ステルイズ水性懸濁筋注は回数によって3000円~1万円程度です。
局所療法で一般的に使用されるステロイド点眼薬は、数百円~1000円程度が目安となります。
治療内容 | 保険適用 | 1カ月あたりの治療費の目安 |
---|---|---|
診察・検査 | あり | 2000~5000円程度 |
サワシリン(内服薬) | あり | 数百円~2000円程度 |
ドキシサイクリン(内服薬) | なし | 2000円程度 |
ステルイズ水性懸濁筋注(筋肉注射) | あり | 3000円~1万円程度(必要回数により異なる) |
ステロイド点眼薬 | あり | 数百円~1000円程度 |
自由診療の医療機関による治療 | なし | 1~2万円 |
なお、上記の治療費はあくまでも目安であり、症状や治療内容、医療機関によってはさらに高額になるケースがあります。
保険診療の可否や詳しい治療内容については、各医療機関にお問い合わせください。
参考文献
1) 日本の梅毒症例の動向について/国立感染症研究所
2) 眼と性感染症 症状とその鑑別診断9. 日本性感染症学会会誌Vol.19, No.1 Suppl. 2008. pp39-43.
3) 梅毒とは/国立感染症研究所
4) 眼と性感染症/日本性感染症学会
5) 角膜実質炎/MSDマニュアル
6) 近間 泰一郎. 梅毒性角膜実質炎. 梅毒の眼合併症. 眼科65巻6号. 2023. Pp515-521.
7) 梅毒診療ガイド/日本感染症学会
8) 梅毒診療の考え方(令和6年3月)/日本感染症学会
9) Jelka G Orsoni, Laura Zavota, Francesca Manzotti, Stefania Gonzales. Syphilitic interstitial keratitis: treatment with immunosuppressive drug combination therapy. 2004 Jul;23(5):530-2.
10) Jacob Martin, Laura Kopplin, Deborah Costakos. Syphilitic interstitial keratitis treated with topical tacrolimus. 2021 Sep; 23: 101175.
11) 東京都性感染症ナビ 検査・相談/東京都保健医療局
12) 梅毒・その他の性感染症/浜松市
13) 梅毒について/福岡市
14) 梅毒/日本性感染症学会
DERBY, George S.; WALKER, Clifford B. Interstitial Keratitis of Luetic Origin. Transactions of the American Ophthalmological Society, 1913, 13.Pt 2: 317.
MORISHIGE, N., et al. Comparison between confocal microscopy and light microscopy for histopathologic observation of the corneal lesions associated with luetic interstitial keratitis. Investigative Ophthalmology & Visual Science, 2003, 44.13: 3661-3661.
BARKAN, Hans. Luetic Interstitial Keratitis of Traumatic Origin. Transactions of the American Ophthalmological Society, 1926, 24: 363.
KNOX, C. Michele; HOLSCLAW, Douglas S. Interstitial keratitis. International ophthalmology clinics, 1998, 38.4: 183-195.
GAUTHIER, A.-S.; NOUREDDINE, S.; DELBOSC, B. Interstitial keratitis diagnosis and treatment. Journal Français d’Ophtalmologie, 2019, 42.6: e229-e237.