角膜軟化症
角膜軟化症(Keratomalacia)とは、黒目の表面にある角膜に潰瘍(欠損)ができてしまう目の病気です。
稀な疾患ではありますが、重度のビタミンA不足が原因で起こり、放っておくと失明してしまう恐れがあります。
当記事では、角膜軟化症の症状や原因、治療方法などについて詳しく解説します。
この記事の著者
名前 / Name
高田 尚忠(たかだ なおただ)
高田眼科 院長|ひとみ眼科 / フラミンゴ美容クリニック 眼瞼手術担当医師
岡山大学医学部卒業後、郡山医療生活協同組合 桑野協立病院などの様々な医療機関を勤務し、現在は高田眼科の院長を務める。2022年3月より、名古屋市内の伏見駅近くのフラミンゴ眼瞼・美容クリニックを開院。
角膜軟化症の症状
角膜軟化症の症状は、目の乾燥感や痛み、充血や視界のぼやけなどです。
眼科の所見では、角膜潰瘍や角膜混濁がみられます。重症化すると失明に至る危険性もありますので、早急な受診と治療の開始が望まれます。
主な自覚症状
症状 | 特徴 |
---|---|
乾燥感 | 強い目の乾燥感は角膜軟化症の最も一般的な症状です。 |
痛み | 角膜の炎症によって目に痛みを感じる、異物感が現れるケースがあります。 |
充血 | 白目(眼球結膜)の血管が拡張して赤くなります。 |
涙の増加 | 流涙(りゅうるい)と呼ばれ、涙が勝手に目からあふれ出る症状です。 |
光に対するまぶしさが増す | 羞明(しゅうめい)と呼ばれ、光を異常にまぶしく感じます。 |
視界のぼやけや視力低下 | 視界がぼやけたりかすんだりして、時には視力が低下して物が見えにくくなります。 |
角膜軟化症は眼球乾燥症の角膜病変としても知られている眼疾患で、目の乾燥感のほかに、痛みや結膜の充血、視界のぼやけなどが自覚症状として現れます。
また、暗いと物がよく見えない「夜盲(後天性夜盲)」の症状を訴える人もいます。
角膜の変化
角膜軟化症でみられる主な角膜の症状は、角膜潰瘍や角膜混濁です。
角膜が欠損する「角膜潰瘍」
角膜潰瘍は、角膜上皮、Bowman膜、角膜実質、Descemet膜、角膜内皮の5つの層で構成されている角膜のうち、角膜上皮から角膜実質までが欠損した状態です。
角膜潰瘍は角膜の中央部に現れるケースがほとんどですが、潰瘍がDescemet膜まで及ぶと、眼内の圧力によってDescemet膜が隆起する「Descemet瘤」が形成されます。
さらに進行すると、角膜全層に孔(あな)が開いた状態の角膜穿孔が引き起こされるため、いち早く治療を開始することが大切です。
角膜が濁る「角膜混濁」
角膜混濁は角膜に濁りが現れた状態を指し、かすみ目や視界のぼやけ、視力低下が起こる原因です。
角膜軟化症の人に認められる角膜混濁は乾燥によって引き起こされ、角膜の全面がうっすらと濁ります。
また、角膜プラーク(潰瘍に堆積物が溜まってかさぶたのようになった状態)によって濁りが現れているケースもあります。
細菌感染のリスク増加
角膜上皮は細菌や化学物物質の侵入を防ぐ役割があり、涙液層(目の表面にある涙の層)はバリア機能を担っています。
しかし、角膜軟化症で角膜上皮や涙液層に障害が起こると、細菌が目の内部に侵入しやすくなって感染のリスクが増加します。
流行性角結膜炎のようなウイルスが原因となるものだけでなく、黄色ブドウ球菌のように常在菌として皮膚や粘膜に存在している菌であっても感染リスクが増すため、注意が必要です。
結膜の乾燥
角膜軟化症の人は、角膜だけでなく結膜も乾燥している状態で、光沢のない泡状の白色斑(Bitot斑, ビトー斑)が形成されている人もいます。
Bitot斑は、瞼裂※1に一致した結膜部分に認められるのが一般的です。
※1瞼裂:上下のまぶたがくっつく位置。
起こり得る全身症状
- カサカサとした皮膚の乾燥
- 皮膚や粘膜の角化(ゴワゴワしたり厚くなったりする)
- 栄養が足りていないことによる下痢、強い空腹感など
角膜軟化症では、眼症状の他に皮膚の乾燥や角化などの全身症状が併発している人も少なくありません。幼児では声がかれる子もいます。
角膜軟化症の原因
角膜軟化症の原因は、重度のビタミンA不足です。栄養失調や吸収障害などのさまざまな原因が基となり、ビタミンA欠乏症から角膜軟化症へ発展していきます。
ビタミンA欠乏による角膜への影響
ビタミンAは、角膜の健康を維持するために欠かせない栄養素です。光を感じる機能に関わっている他、眼球表面の細胞の分化や機能維持にもかかわっています。
そのため、ビタミンAが不足すると、角膜が乾燥して潰瘍を形成してしまいます。
リスク因子
リスク因子 | 原因 |
---|---|
栄養失調(摂食障害) | ビタミンAを含む栄養素の不足 |
吸収障害 | 小腸疾患などによるビタミンAの吸収阻害 |
アルコール依存症 | アルコールによる栄養吸収の阻害 |
肝疾患・膵臓疾患 | ビタミンAの代謝・吸収への影響 |
発展途上国では栄養不足がビタミンA欠乏の原因となり、角膜軟化症を発症する子どもが多いです。
一方、日本では胃切除術やアルコール中毒による吸収障害、摂食障害などで起こり得ます。
また、日本を含む先進国では、自閉スペクトラム症(ASD)や胃腸疾患がある子どものビタミンA欠乏症の報告が増えているのも事実です1)。
先天性の要因
先天性の代謝異常や遺伝性疾患は、ビタミンAの代謝や吸収に影響を及ぼして角膜軟化症のリスクを高める原因です。
その一つの例として、低レチノール結合蛋白血症※2で角膜軟化症を発症した例が報告されています2)。
※2 低レチノール結合蛋白血症:ビタミンAを運ぶ働きをするレチノール結合蛋白(RBP)が通常よりも少ない状態。
また、先天的な肝機能障害でも角膜軟化症が起きるリスクが高いです。
二次的な要因
ビタミンA欠乏状態に加えて、角膜の外傷や感染症のような二次的な要因が角膜軟化症を発症するきっかけになる可能性があります。
角膜感染症だけではなく、全身性感染症によって角膜軟化症を発症する例もあり、麻疹(はしか)の合併症の一つとしても知られています。
※ただし、現在の日本は麻疹排除状態にあり、2023年の年間罹患者数は28人でした3)。
角膜軟化症の検査・チェック方法
眼科では、問診やスリットランプ検査、角膜知覚の評価をもとに角膜軟化症を診断します。
- スリットランプ検査
- 角膜知覚検査
- 涙液の検査
- その他の検査
スリットランプ検査
スリットランプ(細隙灯顕微鏡)検査では、角膜上皮の欠損、角膜潰瘍、角膜混濁などの所見を診ていきます。
光を目に当てながら眼科用の顕微鏡で角膜や結膜の状態を観察する検査ですので、痛みは伴いません。
ただ、角膜軟化症が原因で光に対して敏感になっていて辛いと感じる人もいますので、そのような場合は医師にお知らせください。
角膜知覚検査
角膜知覚は、特殊な機器を使わなくても、綿棒で優しく角膜に触れることで評価が可能です。
角膜には三叉神経があり、通常は痛みや触れた感覚など(角膜知覚)があります。しかし、進行した角膜軟化症の患者さんでは、角膜知覚が低下している人が多いとされています。
角膜軟化症の病期 | 角膜知覚 |
---|---|
初期 | 軽度低下 |
中期 | 中等度低下 |
末期 | 著明な低下 |
涙液の検査
目の乾燥や涙液層の異常を確認するために行われるのが、涙液破壊時間(BUT)検査です。
フルオレセイン(黄緑色の染料)で目の表面にある涙液を染色し、スリットランプで観察します。
染色後に時間が経過すると涙液層の破壊が起こって黒く見える部分が現れますが、破壊までにかかる時間で涙液の質が低下しているか否かが分かります。
涙液層の質 | 破壊までの時間 |
---|---|
正常 | 10秒以上 |
異常 | 5秒以下 |
その他の検査
必要に応じてレチノール結合蛋白検査や視力検査、細菌検査を実施する場合があります。
検査 | 内容 |
---|---|
レチノール結合蛋白検査 | 血液を採取して、血中レチノール(ビタミンA)を輸送するタンパク質の量を調べます。 |
視力検査 | 視力がどの程度低下しているのかをチェックします。 |
細菌検査 | 結膜を綿棒でふき取って細菌感染の有無を確認し、原因となる細菌の特定を行います。 |
角膜軟化症の治療方法と治療薬について
角膜軟化症の治療は、ビタミンA補給と点眼薬が基本です。さらに、角膜障害の程度によっては角膜移植手術を行い、原因疾患がある際にはその治療も平行します。
- ビタミンA補給療法
- 抗菌点眼薬の使用
- 角膜移植手術
- 原因疾患の治療
- 経過観察と再発予防
ビタミンA補給療法
- 薬の経口投与
- 筋肉注射
角膜軟化症には、ビタミンA欠乏に対する治療が有効です。
具体的な治療法として、薬でビタミンAを補給する方法と筋肉注射があり、ビタミンAの投与量や回数は症状や年齢に応じて調整されます。
暗いところで見えにくくなる夜盲のように網膜に異常があるときは、筋肉に直接ビタミンAを注射すると早く効果が現れる場合があります。
抗菌点眼薬の使用
抗菌点眼薬 | 具体的な薬剤名 |
---|---|
キノロン系 | レボフロキサシン、オフロキサシン、ガチフロキサシン |
アミノグリコシド系 | トブラマイシン、ゲンタマイシン |
セフェム系 | セフメノキシム |
マクロライド系 | エリスロマイシン、アジスロマイシン |
感染症を合併しているときは抗菌点眼薬が処方されます。抗菌点眼薬の種類は、原因菌や原因ウイルス、症状の重さによって決定されます。
角膜移植手術
角膜移植手術は、角膜が著しく損傷していて視力の回復が見込めないときに検討される治療方法です。
角膜のどの層を移植するのかによって、全層角膜移植(PKP)、深層層状角膜移植(DALK)、表層角膜移植(LKP)、角膜内皮移植(DSAEK)といった種類があります。
原因疾患の治療
ビタミンA欠乏には、肝疾患や膵機能不全、慢性下痢などが背景にあるケースも見受けられます。
角膜軟化症やビタミンA欠乏の治療とともに、根本的となる原因疾患の治療も欠かせません。
経過の観察と再発予防の重要性
治療中や治療後は、定期的な経過の観察が必須です。
また、再発を予防するためには、ビタミンAが豊富な食事をとる、コンタクトレンズを正しく使用するなど、普段の生活の見直しや改善を行いましょう。
また、目の異変を感じた際には速やかに眼科医の診察を受けるのも大切です。
角膜軟化症の治療期間
角膜軟化症の治療期間は症状の重症度や治療開始のタイミングによって大きく幅があり、1カ月で済む人もいれば、1年以上を要する人もいます。
治療期間
症状の程度 | 治療期間の目安 |
---|---|
軽度 | 1カ月~数カ月 |
中等度 | 数カ月~1年程度 |
重度 | 1年以上 |
角膜軟化症の治療期間は、軽度であれば1カ月から数カ月程度の治療で改善が見られるケースが多いです。
一方、重度であったり治療開始が遅れたりした場合には、治療期間が長期化してしまう可能性があります。
早期発見・治療の重要性と予後
角膜軟化症の予後を改善するには、早期発見と速やかな治療開始が鍵となります。
症状が軽度のうちに治療を始められれば治療期間が短く済み、良好な予後が期待できるでしょう。
逆に、症状が進行するまで治療を開始できなかった場合には、視力低下などの後遺症が残るリスクが高まってしまいます。
薬の副作用や治療のデメリットについて
角膜軟化症の治療は症状を改善するために有効である一方で、副作用やデメリットがあります。
ビタミンA補給療法の副作用
- 急性症状:吐き気、嘔吐、めまい
- 慢性症状:食欲不振、便秘、頭痛、倦怠感
ビタミンA補給療法の副作用は、過剰症(過剰摂取)によるものが一般的です。主な症状として、吐き気、食欲不振、めまい、頭痛、倦怠感などが挙げられます。
また、乾癬や魚鱗癬の治療薬である「エトレチナート」、ニキビや酒さの治療薬である「トレチノイン」と併用すると副作用が起こるリスクが高まるため、飲み合わせにも要注意です。
抗菌点眼薬の副作用
- 刺激感:点眼時に目にしみる
- 乾燥感:目が乾燥しやすくなる
- かゆみや充血:一時的に目のかゆみや結膜の充血が起こる
- アナフィラキシーショック:ごく稀に発疹や腫れ、呼吸困難などが起こる
抗菌点眼薬の副作用は一時的なものが多いです。ただし、ごく稀にアナフィラキシーショックが起こる例も報告されていますので、使用開始時は体調の変化をとくに気にして観察してください。
また、長期使用で抗菌薬が効かない菌(耐性菌)が発生するリスクがあります。指示された用法や用量を守って、症状が改善しても勝手に点眼を中断しないようにしましょう。
角膜移植のデメリットやリスク
- 感染症:細菌やウイルスへの感染リスクがある
- 拒絶反応:充血や視力低下、光に対して敏感になる症状がみられる可能性がある
- 術後の合併症:出血、乱視、遷延性角膜上皮欠損
角膜移植には拒絶反応のリスクがありますが、術後すぐには現れず、3~6カ月程度経過してから生じる例が多いです。
また、角膜上皮の創傷治癒が遅れる「遷延性角膜上皮欠損」が起きる可能性もあります。
術後は拒絶反応や合併症を予防するためのステロイド点眼が必要で、定期的な受診が欠かせないため、通院の手間や費用が負担になるデメリットもあります。
保険適用の有無と治療費の目安について
角膜軟化症の治療は、基本的に健康保険の適用対象です。しかし、一部の治療法や薬剤は保険適用外となるものもあります。
治療費の目安
治療方法 | 1カ月あたりの治療費の目安 |
---|---|
診察・検査 | 数千円~1万円 |
ビタミンA製剤 | 数百円~5,000円 |
抗菌点眼薬 | 数百円~2,000円 |
角膜移植 | 16~20万円 |
軽度の角膜軟化症は、診察・検査や治療薬を含めても1カ月数万円程度で収まります。
一方で、角膜移植を行う際は手術費用に16~20万円が必要になり、入院時の差額ベッド代や食事代などがさらにかかるため、高額になることが予想されます。
ただし、上記の費用はあくまでも目安です。詳しい費用や治療内容については各医療機関にお問い合わせください。
公的支援制度の活用
高額な医療費負担が予想される際には、公的支援制度を活用すると経済的な負担を軽減できます。
各制度を利用するためには一定の条件を満たす必要がありますので、事前に医療機関や行政機関に相談してください。
参考文献
1) Ailin Song, Hazem M Mousa, Matias Soifer, Victor L Perez. Recognizing vitamin A deficiency: special considerations in low-prevalence areas. 2022 Apr 1;34(2):241-247.
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3) 麻疹 発生動向調査/NIID国立感染症研究所
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