結膜疾患

トラコーマ

Dr.髙田

トラコーマ(Trachoma)とは、主に発展途上国の子どもたちにみられる眼科疾患で、クラミジア・トラコマチスへの感染によって引き起こされます。

主な症状は、結膜(まぶたの裏側と白目部分を覆う膜)の炎症です。

近年の日本では新規患者がほぼみられませんが、進行すると失明に至る可能性があります1)

当記事では、眼科疾患であるトラコーマの症状や原因、治療法について解説します。

この記事の著者

Dr.高田尚忠(高田眼科 院長|ひとみ眼科 / フラミンゴ美容クリニック 眼瞼手術担当医師)

名前 / Name  
高田 尚忠(たかだ なおただ)
高田眼科 院長|ひとみ眼科 / フラミンゴ美容クリニック 眼瞼手術担当医師
岡山大学医学部卒業後、郡山医療生活協同組合 桑野協立病院などの様々な医療機関を勤務し、現在は高田眼科の院長を務める。2022年3月より、名古屋市内の伏見駅近くのフラミンゴ眼瞼・美容クリニックを開院。

所属:日本眼科学会日本形成外科学会日本眼形成再建外科学会

ABOUT ME
高田 尚忠
高田 尚忠(たかだ なおただ)
高田眼科 院長 |ひとみ眼科 / フラミンゴ美容クリニック 眼瞼手術担当医師
所属学会:日本眼科学会、日本形成外科学会、日本眼形成再建外科学会
岡山大学医学部卒業後、横浜形成外科の二木 裕先生に師事。 郡山医療生活協同組合 桑野協立病院などの様々な医療機関を勤務し、 現在は高田眼科の院長を務める。 眼科医と形成外科医の知識と、これまでの豊富な眼瞼手術の術者としての経験をもとに、2022年においては年間2,000件超える眼瞼下垂症手術を手がけております。 2022年3月より、名古屋市内の伏見駅近くのフラミンゴ眼瞼・美容クリニックを開院。

トラコーマの病期分類

トラコーマは、WHO(世界保健機関)の病期分類によって5つに分けられます2)

ただし、近年日本では新規患者はほぼ見られず、トラコーマと同じ細菌が原因の疾患は「クラミジア結膜炎」が一般的です。

クラミジア結膜炎はトラコーマに比べて症状が軽いため、重篤な症状のトラコーマとは区別されます。

WHOによるトラコーマの病期分類

疾病分類状態
濾胞(ろほう)期上眼瞼結膜に5つ以上の濾胞がみられる
重症期眼瞼結膜の顕著な炎症性肥厚により,正常な瞼板深部の血管が半分以上見えなくなる
瘢痕(はんこん)期眼瞼結膜に瘢痕がみられる
睫毛乱生(しょうもうらんせい)期少なくとも1本のまつ毛が眼球を擦る
角膜混濁(かくまくこんだく)期瞳孔の上の角膜混濁が容易に見える

濾胞期

トラコーマの初期である濾胞(ろほう)期では、結膜に小さな突起や粒状の変化(濾胞)がみられます。

濾胞は、小さなリンパ組織が増殖したものです。

この段階では目に見える症状が少ないため、目の変化に気づかない人もいます。

重症期

重症期になると結膜の炎症が悪化して腫れるため、正常な瞼板深部※1の血管が半分以上見えなくなります。

※1 瞼板深部:まぶたの内部にある硬い組織(瞼板)の深部。

目の断面図

さらに、炎症によって結膜が硬くなり、角膜への影響が出る可能性があります。

濾胞は大きくなり、結膜により分かりやすい隆起を形成します。

瘢痕期

瘢痕期は、炎症した結膜が瘢痕(はんこん・傷跡)化した状態を指します。

瘢痕化が結膜の収縮につながり、角膜の損傷を引き起こす眼瞼内反※2になります。

※2 眼瞼内反(がんけんないはん):まぶたが内側に巻き込まれるため、まつ毛が角膜(白目の部分に接触する。瘢痕による眼瞼内反を「瘢痕性眼瞼内反」と呼ぶ。

睫毛乱生期

睫毛乱生(しょうもうらんせい)期は、まつ毛が眼球をこすっている状態を指します。

睫毛乱生とは、一部のまつ毛の配列や生えている方向に乱れがある状態です。

睫毛乱生

まつ毛が角膜に触れるのは眼瞼内反と同じですが、まぶたが眼球側に巻き込まれていない点で区別されます。

角膜混濁期

トラコーマの最終段階である角膜混濁(かくまくこんだく)期では、重度の角膜損傷が発生します。

眼瞼内反や睫毛乱生によってまつ毛が角膜を継続的に刺激し、角膜の濁りが進行した状態です。

角膜の濁りや損傷が進むと、視力が低下したり失明したりする可能性があります。

トラコーマの症状

トラコーマの症状は目やまぶたの腫れやかゆみなどから始まり、通常両目に現れます。

目やまぶたの腫れ結膜の腫れがみられる。
目のかゆみや刺激感目に異物感やかゆみが生じる。
結膜の充血目の白い部分やまぶたが赤くなる。
涙や目やにの増加目から多量の分泌物が出る。
視力の低下や失明角膜への影響やまつ毛の異常成長により、視力の低下や失明が起こる。

近年日本でみられるのは、トラコーマの陳旧例※3のみです。

※3 陳旧例(ちんきゅうれい):発症からすでに年月が経過、症状が進行した症例。トラコーマ陳旧例の具体的な症状としては、視力の低下や失明が挙げられる。

一般的なトラコーマの症状

目の充血

トラコーマでは結膜が炎症するため、最初は目の腫れや充血が起こり、かゆみやゴロゴロとした異物感が症状として現れます。

また、光に対する感受性が高まり、まぶしさを感じやすくなるケースもあります。

進行に伴って症状は変化し、視界がぼやける、視力が低下する、失明するなど、角膜に関連する症状がみられるようになります。

トラコーマによる角膜への影響で失明すると視力は回復しないため、注意が必要です。

眼科での所見

トラコーマの眼科での所見としては、結膜濾胞、瘢痕化、角膜パンヌスなどを認めます。

初見詳細
結膜濾胞まぶたの裏側にドーム状の隆起が多数みられる。
瘢痕化炎症後に傷跡のようになる。結膜だけでなく、角膜でもみられる。
眼瞼内反まぶたが眼球側に湾曲して、まつ毛が眼球に接触する。
睫毛乱生まつ毛の生える方向や配列に乱れがあり、まつ毛が眼球に接触する。
角膜パンヌス通常は血管のない角膜に血管が侵入してくる(血管新生)。
角膜上欠損角膜の最も薄い層が欠損する。
角膜腫瘍角膜の真ん中の層(角膜実質)まで欠損する。
角膜混濁角膜の一部または全体の透明性が失われる。

初期の段階では結膜濾胞のみにとどまりますが、慢性化すると瘢痕化や角膜パンヌス、角膜混濁などがみられるようになります。

トラコーマの原因

クラミジア

トラコーマは、クラミジア・トラコマチス(Chlamydia trachomatis)細菌への感染によって引き起こされます。潜伏期間は1週間ほどです。

原因詳細
細菌感染クラミジア・トラコマチスへの感染。
免疫応答細菌に対する反応が炎症を引き起こし、組織にダメージを与える。
環境因子衛生状態の悪さ、水の不足、乾燥した気候などが感染リスクを高める。

感染経路

クラミジア・トラコマチスへの感染経路は、感染者の目や鼻などからの分泌物に触れた手を通じての直接接触や、感染者が使用したタオルやハンカチなどを介しての間接接触です。

また、ハエなどの昆虫を媒介した感染も起こり得ます。

免疫応答

トラコーマにおける炎症反応は、身体の免疫応答の一つです。

感染後、免疫システムは細菌を排除しようとしますが、この過程で結膜に慢性的な炎症を引き起こします。

繰り返される感染や慢性的な炎症は組織の瘢痕化や変形を引き起こし、最終的には角膜を損傷する可能性があります。

環境因子

トラコーマの発生には、環境因子が大きく関わっています。

衛生状態が悪い地域、水供給が不十分な地域、密集した居住環境も、感染を拡大させる原因の一つです。

WHOの意思決定機関である世界保健総会ではトラコーマを衛生上の問題として、撲滅を目指しています。

トラコーマの検査・チェック方法

トラコーマが疑われるときは、細隙灯顕微鏡検査や細菌検査などを行います。

問診自覚症状の有無や渡航歴などをお聞きします。
細隙灯顕微鏡検査(スリットランプ検査)目の前部の詳細な観察を行います。
細菌検査細菌感染の有無を確認します。
生体染色検査必要に応じて角膜上皮の状態を調べます。

問診

問診では、自覚症状や発症時期について詳しくお聞きします。

海外への渡航歴がある方は、いつ、どの国に、どのくらいの期間滞在したのか、現地の人との接触があったかなどがトラコーマの診断に重要なポイントです。

細隙灯顕微鏡検査(スリットランプ検査)

細隙灯顕微鏡検査では、目に光を当てながら特殊な顕微鏡でトラコーマの典型的な所見を確認します。

結膜や角膜など、目の前部の構造を確認できる検査です。

細隙灯顕微鏡検査(スリットランプ検査)

細菌検査

細菌検査は、綿棒で結膜からの分泌物を採取して行う検査です。

ただし、日本でみられるトラコーマ陳旧例では、細菌検査をしてもクラミジア・トラコマチスが認められないケースも多いです。

生体染色検査

生体染色検査は、フルオレセイン※4で目の表面を染色して角膜の状態を調べる検査です。

※4 フルオレセイン:顕微鏡観察で用いられる蛍光色素の一種。

細隙灯顕微鏡検査でははっきりしない角膜上皮の異常も、この検査で明確になります。

トラコーマの治療方法と治療薬について

トラコーマの治療には、抗菌薬の眼軟膏や内服薬が用いられます。

また、症状が進行して結膜や角膜に損傷を受けている場合は、手術が必要になる可能性があります。

眼軟膏

抗菌薬の種類薬剤名
マクロライド系エリスロマイシン
テトラサイクリン系テトラサイクリン

トラコーマの治療に使用される主な眼軟膏は、テトラサイクリンとエリスロマイシンです。

通常は、1日2回の使用が推奨されています。

内服薬

抗菌薬の種類薬剤名
マクロライド系アジスロマイシン
テトラサイクリン系テトラサイクリン、ドキシサイクリン

トラコーマの治療には、アジスロマイシン、ドキシサイクリン、テトラサイクリンなどの抗菌内服薬が使用されます。

眼軟膏と内服薬の有効性には差があり、テトラサイクリンの眼軟膏と比べたときに、アジスロマイシン内服薬のほうが効果的との研究結果があります3)

手術

目の手術
眼瞼手術

まぶたの異常な湾曲を修正し、正常な位置に戻す手術です。これにより、角膜へのさらなる損傷を防ぎます。

角膜移植

角膜の深刻な損傷があるときは、健康な角膜に置き換えて視力を回復させます。

WHOでは、睫毛乱生期のトラコーマに対して眼瞼手術を推奨しています。

また、角膜混濁が黒目の中央まで進んでいる場合は、角膜移植によって視力が回復する可能性があります。

トラコーマの治療期間

トラコーマの一般的な治療期間は数週間から数カ月です。

通常は症状が軽度であるほど治療期間が短く、重症化したケースでは長期間の治療が必要になります。

トラコーマ治療の一般的な期間

治療法治療期間
眼軟膏6週間程度
内服薬アジスロマイシン:1回のみ テトラサイクリン:4週間 ドキシサイクリン:4週間
手術数週間から数カ月

眼軟膏による治療は6週間程度、内服薬での治療は4週間が目安です。

ただし、アジスロマイシンを服用する場合は1回のみの投与で78~95%の効果があると言われています4)

手術後の回復期間は個人差が大きいですが、一般的には数週間から数ヶ月を要します。

治療期間中の注意点

治療期間中の注意点
定期診察を受ける

治療効果の観察と症状の変化を把握するため、定期的な眼科診察が必要です。

眼科医の指示に従う

処方された薬の使用方法や手術後のケアについて、眼科医の指示に従ってください。

自己判断による治療変更を避ける

症状が改善されたと感じても、自己判断で治療を中断したり変更したりしないでください。

トラコーマの治療期間中は、症状の悪化や慢性化を防ぐために医師の指示にしたがって治療薬を服用し、自己判断での治療中断はしないようにしましょう。

さらに、他の人に感染させてしまわないように、タオルやハンカチを共有しない、手洗いを徹底するなどの工夫も大切です。

薬の副作用や治療のデメリットについて

副作用

トラコーマの治療には、副作用やデメリットがあります。

眼軟膏の副作用

  • 目が乾燥しやすくなる
  • 一時的に視界がぼやける
  • ごく稀にアナフィラキシーショック

眼軟膏を塗布した直後、一時的に視界がぼやける可能性があります。

また、目が乾燥しやすくなったり、ごく稀にアナフィラキシーが起こったりする可能性があります。

内服薬の副作用

  • 下痢や吐き気
  • むくみ
  • 筋肉痛
  • 頭痛
  • アナフィラキシーショック

内服薬の主な副作用は、下痢や吐き気、むくみや筋肉痛、頭痛やアナフィラキシーショックです。

トラコーマの抗菌内服薬を使用していて万が一副作用が認められるときには、早急に医師に相談しましょう。

手術のデメリット

  • 感染のリスク
  • 後発の緑内障
  • 視力の変化
  • 眼内出血

トラコーマの手術では、後発の緑内障や視力の変化などがデメリットとして挙げられます。

また、角膜移植を行った場合は拒絶反応※5が起こる可能性があります。

※5 拒絶反応:移植された他人の角膜を排除しようとする身体の働き。術後3~6カ月で発症するケースが多い。角膜パンヌスが起こっていた場合は、通常よりも拒絶反応が起こる可能性が高くなると考えられています。

トラコーマの医療費援助について

医療費

トラコーマの治療に関する医療費援助は地域や制度により異なりますが、一部の地域では就学援助制度を通じて医療費の援助が行われています5)6)7)

この制度は、学校保健安全法に基づき特定の疾患に対する治療費(医療保険の3割自己負担分)を援助するもので、トラコーマも対象疾患です。

項目内容
援助の対象トラコーマの治療(抗菌薬、手術)
援助の形態医療保険の3割自己負担分の援助
援助の申請方法地域の市役所や区役所に申請書を提出
援助の対象者一般的には学齢期の子どもたち(地域により異なる)

援助の対象となる治療

  • 抗菌薬
  • 手術

援助の対象となる抗菌薬の治療はクラミジア・トラコマティス感染に対するもので、外科手術は失明に至る段階のトラコーマによって生じた逆さまつげ(眼瞼内反や睫毛乱生)に対するものです。

援助の申請方法

援助の申請方法は地域により異なりますが、一般的には地域の市役所や区役所に申請書を提出して手続きが行われます。

援助の対象となる人

就学援助制度の医療費援助は、一般的には満6歳の誕生日以降の最初の4月1日から9年間の学齢期の子どもたちが対象です。

ただし、詳細な対象者の条件や年齢制限は地域により異なります。

詳細な手続きや必要な書類については、各地域の公式ウェブサイトや窓口でご確認ください。

参考文献

1) 眼と性感染症/日本眼科学会

2) Trachoma/World Health Organization

3) Bowman RJ, Sillah A, Van Dehn C, et al. Operational comparison of single-dose azithromycin and topical tetracycline for trachoma. 2000 Dec;41(13):4074-9.

4) トラコーマ/MSDマニュアル

5) 就学援助(医療費)の対象疾患/三鷹市

6) 就学援助に係る医療費の援助について/石狩市教育委員会

7) 就学援助制度の医療費/高知市

EVANS, Jennifer R., et al. Antibiotics for trachoma. Cochrane Database of Systematic Reviews, 2019, 9.

POTROZ, Michael G.; CHO, Nam-Joon. Natural products for the treatment of trachoma and Chlamydia trachomatis. Molecules, 2015, 20.3: 4180-4203.

SOLOMON, Anthony W., et al. Trachoma. Nature Reviews Disease Primers, 2022, 8.1: 32.

LIETMAN, Thomas M.; OLDENBURG, Catherine E.; KEENAN, Jeremy D. Trachoma: time to talk eradication. Ophthalmology, 2020, 127.1: 11-13.

WORLD HEALTH ORGANIZATION, et al. Report of the 4th global scientific meeting on trachoma: Geneva, 27–29 November 2018. World Health Organization, 2019.

TAYLOR, Hugh R., et al. Trachoma. The Lancet, 2014, 384.9960: 2142-2152.

BURTON, Matthew J. Trachoma: an overview. British medical bulletin, 2007, 84.1: 99-116.

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