淋病性結膜炎
淋病性結膜炎(りんびょうせいけつまくえん)(Gonococcal conjunctivitis)とは、淋菌への感染によって発症する細菌性結膜炎の一種です。
性行為感染症(STD)として発症するものと、新生児の結膜炎として発症するものがあります。
黄色で粘り気のある目やにが多量に出る、目が充血する、まぶたが腫れるのが特徴的な症状で、自然に治癒しない感染症ですので、薬による治療が必要です。
当記事では、淋病性結膜炎の症状や原因、治療法について詳しく解説します。
この記事の著者
名前 / Name
高田 尚忠(たかだ なおただ)
高田眼科 院長|ひとみ眼科 / フラミンゴ美容クリニック 眼瞼手術担当医師
岡山大学医学部卒業後、郡山医療生活協同組合 桑野協立病院などの様々な医療機関を勤務し、現在は高田眼科の院長を務める。2022年3月より、名古屋市内の伏見駅近くのフラミンゴ眼瞼・美容クリニックを開院。
淋病性結膜炎の病型
淋病性結膜炎(りんびょうせいけつまくえん)は成人と新生児において異なる病型を示し、感染経路と症状、経過において大きな違いがあるため、別々に考える必要があります。
病型 | 年齢 | 疾患名 |
成人型 | 小児~高齢者 | 淋病性結膜炎 |
新生児型 | 新生児 | 新生児膿漏眼 |
成人型淋病性結膜炎
成人型淋病性結膜炎は、性感染症として知られています。
以前は20~30代の男性に多くみられましたが、近年では男女を問わずに12歳未満の小児から65歳以上の高齢者まで幅広い年代で発症する方がいます1)。
通常は片目のみに症状が現れ、稀に両目ともに感染する場合があります。
新生児型淋病性結膜炎
生後1カ月までの新生児における淋病性結膜炎は、新生児膿漏眼(しんせいじのうろうがん)と呼ばれます。
出生直後は無症状のケースが多く、その後急激に症状が現れます。
出産時の母子感染が原因ですが、妊婦に対する治療や母子感染の予防を行うため、近年では極めて稀な疾患です。
ただし、新生児は免疫系が未熟なため感染リスクが高く、治療が送れると短期間で症状が悪化する点には注意が必要です。
淋病性結膜炎の症状
淋病性結膜炎(りんびょうせいけつまくえん)の症状として、多量の黄色いドロッとした目やに(膿性眼脂)、まぶたの腫れや充血などが挙げられます。
症状は、一般的な結膜炎よりも重いケースが多いです。
症状 | 詳細 |
---|---|
目やに | 黄色の粘り気のある目やに多量に出る。 |
まぶたの腫れや充血 | まぶたが腫れて赤くなる。 |
眼球結膜充血 | 白目の部分が充血して赤くなる。 |
痛みやかゆみ | 目に痛みやかゆみを感じる。 |
視界のぼやけ | 目やにの影響で一時的に視界がぼやける。 |
淋病性結膜炎の特徴的な症状は多量の目やに
淋病性結膜炎の症状は、初期段階では他の結膜炎と似ている場合がありますが、進行の速さと重症度が異なります。
黄色の粘り気がある目やには、淋病性結膜炎の特徴の一つです。
また、眼科の所見では、偽膜※1の形成が見られるときがあります。
※1 偽膜:炎症によって結膜から染み出したものが、白色の膜となってまぶたの内側に付着した状態。
症状の進行
成人の淋病性結膜炎は、感染後1~2日で症状が現れるのが一般的です。
対して、新生児膿漏眼は出生後1~3日程度で症状が急激に現れます。
症状が進行して角膜まで原因菌が侵入すると、急速に悪化して角膜壊死※2や角膜穿孔※3が起こり、失明する危険性があるため注意が必要です。
※2 角膜壊死(えし):黒目の表面にある透明な膜(角膜)の組織が死滅して機能しなくなる状態。
※3 角膜穿孔(せんこう):角膜の全層に及ぶ穴。
目以外の症状
淋病性結膜炎の原因菌が他の部位にも感染している方は、目の症状とともに尿道の痛みや軽度の発熱などが現れます。
淋菌感染症(淋病)の症状2)
- 淋病性尿道炎:尿道痛、多量の黄白色の分泌物
- 淋病性精巣上体炎:精巣の炎症と腫れ、痛み
- 淋病性子宮頚管炎:黄色や緑色の分泌物
- 骨盤内炎症性疾患:腹部や腰の痛み
- 淋病性咽頭炎感染:稀にのどの痛み(無症状のケースも多い)
- 播種性(はしゅせい)淋病感染症:軽度の発熱、だるさ、関節痛
目以外の症状が確認されたときは、眼科の治療に限定せず、泌尿器科などの受診も推奨されます。
淋病性結膜炎の原因
淋病性結膜炎(りんびょうせいけつまくえん)は、淋菌(りんきん・Neisseria gonorrhoeae)によって引き起こされる眼疾患です。
淋菌は乾燥、寒冷で死滅しやすい比較的弱い菌であり、患者の粘膜から離れると数時間で感染性を失う特徴があります3)。
感染経路
- 性的接触
- 母子感染(垂直感染)
- 浴室やタオルなどを介しての間接感染
- 自家感染
淋病性結膜炎は、性的接触や母親からの母子感染が主な原因です。
ただし、稀ですが12歳未満の小児であっても浴室やタオルなどを介して感染する可能性がある点には注意が必要です1)。
また、すでに淋菌に感染している方では、他の部位から目に感染する自家感染が考えられます。
感染予防に関する注意
淋病性結膜炎の予防には、主に性行為に関連するリスクの管理が大切です。
また、定期的な性感染症の検査が早期発見につながり、他の人にうつす可能性を最小限に抑えます。
何度でも感染する可能性があるため、パートナーと同時に治療を行うのが望ましいです。
新生児膿漏眼に対しては、妊娠中の母親が検査を受ける、必要に応じて治療や予防を行うなどの方法で感染予防ができます。
淋病性結膜炎の検査・チェック方法
淋病性結膜炎(りんびょうせいけつまくえん)の眼科検査では、病歴の確認や目の外観検査、細菌学的検査などを行います。
検査方法 | 目的 | 詳細 |
---|---|---|
病歴と自覚症状の確認 | 初期評価 | 病歴と症状の詳細な確認 |
目の外観の検査 | 目の状態の評価 | 充血、腫れ、分泌物の観察 |
スリットランプ検査 | 詳細な目の構造の調査 | 結膜と瞼の内側の詳細な観察 |
細菌学的検査 | 淋菌の確認 | 結膜からの分泌物の採取と分析 |
血液検査 | 全身感染の確認 | 全身の免疫反応の評価 |
他の性感染症の検査 | 合併感染の検出 | 必要に応じた追加検査 |
病歴と自覚症状の確認
今までの病歴や自覚症状、性的接触などを確認するために行う問診です。
いつから症状が現れたのか、どのような自覚症状があり強さはどのくらいなのかを教えていただきます。
他の眼疾患がある方やパートナーが淋菌感染症を発症している場合は、問診の際に医師に伝えるようにしましょう。
目の外観の検査
充血や腫れの程度、目やにの色や量などを確認する検査です。
まぶたの裏を裏返して充血や偽膜の有無をチェックしたり、眼球の動きなどを確認します。
スリットランプ検査
スリットランプ(細隙灯顕微鏡)といった特殊な眼科用機器を用いて行う検査です。
スリットランプは、結膜だけでなく角膜や水晶体など、眼球の前面構造を確認できる機器です。
細菌学的検査
細菌学的検査は、淋病性結膜炎の原因菌である淋菌の存在を確認するための検査です。
結膜からの分泌物(涙や目やに)を綿棒で採取して、細菌の検査を行います。
血液検査と他の性感染症の検査
全身的な感染の有無や免疫系の反応を確認するために、血液検査を行う場合があります。
また、他の性感染症との混合感染の可能性があるため、必要に応じてクラミジア検査や梅毒検査、HIV検査などを行うケースがあります。
淋病性結膜炎の治療方法と治療薬について
淋病性結膜炎(りんびょうせいけつまくえん)の治療は、抗生物質の使用が中心となります。
感染が他の部位に広がらないように、速やかな治療の開始が望まれます。
抗生物質の点眼薬
薬剤 | 目的 |
---|---|
セフメノキシム | 成人型、新生児型の治療として点眼 |
エリスロマイシン | 予防として新生児に点眼 |
硝酸銀 | 予防として新生児に点眼 |
淋菌性結膜炎の治療で使用される最も代表的な点眼薬は、セフメノキシム(セフェム系)です。
流行性角結膜炎など他の結膜炎治療よりも点眼頻度が高く、日中1~2時間ごとに点眼を行っていただきます。
一般的な細菌性結膜炎の治療に使用されるニューキノロン系点眼薬(オフロキサシン、レボフロキサシンなど)は、「80%以上が耐性株※4であるため効果が期待できない」との報告があります1)4)。
※4 耐性株:特定の抗生物質への耐性(死滅せず耐えられる仕組み)を獲得した細菌。
抗生物質の全身投与
淋病性結膜炎の治療では、点眼薬や軟膏の他に、注射や経口摂取による抗生物質の全身投与を行います。
薬剤 | 投与方法 |
---|---|
スペクチノマイシン | 筋肉注射 |
セフトリアキソン | 静脈注射または点滴 |
セフォジジム | 静脈注射 |
アジスロマイシン | 経口摂取 |
淋病性結膜炎の全身投与治療には、スペクチノマイシン、セフトリアキソン、アジスロマイシン、セフォジジムを使用します。
どの薬剤も、基本的には1回だけの単回投与です。
ただし、症状や進行度に合わせて、「セフトリアキソンの注射+アジスロマイシンの経口摂取」のように治療薬を併用する場合があります。
その他の治療手段
淋病性結膜炎の治療には、抗生物質の点眼薬や全身投与以外にも、眼洗浄や症状を緩和する薬を使用するケースがあります。
感染部位を清潔に保ち、二次感染を防ぐために生理食塩水を用いた目の洗浄を行います。
痛みや不快感を和らげるために、抗炎症薬や人工涙液が処方される場合があります。
治療後の経過観察が必要で、症状の改善状況や再発の有無をチェックします。
また、感染が完全に消失したのを確認するために、再検査が行われる場合があります。
治療中の自宅等でのケア
淋病性結膜炎は感染力が高いため、家族や身近な人への感染防止に注意が必要です。
治療期間中は衛生管理を徹底し、目を触った後は必ず手を洗う、タオルの共有を避けるなどの予防を行ってください。
また、目を刺激するような強い光やほこりの多い場所を避ける、長時間の読書やスマホ・PCの使用を避けるなど、目の負担を軽減する工夫をしましょう。
淋病性結膜炎の治療期間
淋病性結膜炎(りんびょうせいけつまくえん)の発症後、ただちに抗生物質による治療を行うと感染の拡散を防ぎ、症状の改善を図れます。
治療期間は症状の重さや治療への反応によって異なりますが、おおよそ1週間程度です。
状態 | 治療期間 |
---|---|
軽度から中等度の感染 | 約1週間 |
重度の感染 | 2週間以上 |
合併症の併発 | 状態に応じて数週間から数ヶ月 |
初期治療とその期間
淋病性結膜炎の初期治療では、症状が改善するまで毎日数回の点眼が必要となります。
また、抗生物質を経口摂取する場合は、1日1回、3日程度の服用が一般的です。
多くの方では、治療開始から1週間以内に症状が著しく改善します。
治療の継続・フォローアップ
完全な治癒を確認するために、症状が改善した後も医師の指示に従った治療の継続が大切です。
また、治療後のフォローアップとして数週間後に再診を行い、症状の完全な消失を確認します。
抗生物質への耐性による期間の変動
淋病性結膜炎の原因である淋菌は、外部のDNAを取り込める特徴を持っているため、抗生物質への耐性化が起こり得ます。
もしも、感染したのが処方された抗生物質に耐性を持っていた菌だとしたら、治療期間が長引く可能性があります。
淋菌は、ペニシリン系、テトラサイクリン系、ニューキノロン系など、複数の抗生物質に耐性を持つ菌もいます。
薬が効かず悪化するような場合は、早急に医師に相談しましょう。
合併症への対応
淋病性結膜炎の治療中に合併症が発生したときには、治療期間がさらに長くかかります。
角膜に感染が広がったり、内部の炎症が進行したりした場合など、合併症に対する治療は、通常の淋病性結膜炎の治療とは異なる場合が多いです。
そのため、合併症の有無によっても治療期間が変わります。
薬の副作用や治療のデメリットについて
淋菌性結膜炎の治療で使用する抗生物質には、点眼薬と全身投与それぞれに副作用があります。
抗生物質の点眼薬の副作用
薬剤 | 代表的な副作用 |
---|---|
セフメノキシム | 刺激感、充血、かゆみ、まぶたの腫れ、ごく稀にアナフィラキシーショック |
エリスロマイシン | 充血、まぶたの腫れ、かゆみ |
硝酸銀 | ほぼなし |
成人型淋病性結膜炎で一般的に使用されるセフメノキシムは、刺激感(しみる)や白目の充血、目のかゆみやまぶたの腫れが副作用として起こるケースがあります。
対して、新生児型淋病性結膜炎(新生児膿漏眼)予防で使用されるエリスロマイシンの副作用は充血やまぶたの腫れ、かゆみで、硝酸銀には副作用がほぼないのが特徴です。
抗生物質の全身投与の副作用
薬剤 | 投与方法 | 代表的な副作用 |
---|---|---|
スペクチノマイシン | 筋肉注射 | 注射部位の痛みや腫れ、ごく稀にアナフィラキシーショック |
セフトリアキソン | 静脈注射または点滴 | 注射部位の痛みや腫れ、下痢、腹痛、だるさ、発熱、手足や顔のむくみ、アナフィラキシーショック |
セフォジジム | 静脈注射 | 注射部位の痛みや腫れ、めまい、耳鳴り、発汗、不快感、アナフィラキシーショック |
アジスロマイシン | 経口摂取 | 下痢、吐き気、食欲不振、めまい、頭痛、発熱、稀にアナフィラキシーショック |
注射によって抗生物質を投与する場合、注射部位の痛みや腫れが副作用として挙げられます。
また、抗生物質の経口摂取(アジスロマイシン)の最も一般的な副作用は、胃腸の不調です。
抗生物質は腸内の正常な細菌叢(フローラ)を変化させるときがあり、とくに下痢や腹痛を引き起こす可能性があります。
どの抗生物質でも、ごく稀にアナフィラキシーショックを引き起こす例がありますので、とくに治療開始時は体調の変化に注意しましょう。
抗生物質治療のデメリット
抗生物質による治療では、細菌が薬剤に耐性化してしまう可能性があります。
必要のない抗生物質を投与する、処方された抗生物質を自己判断で中断する、指示された服用・点眼方法を守らないなどで、耐性化が起こりやすくなります。
結果として、淋病に効く薬剤がなくなってしまう事態も考えられますので、抗生物質は医師の指示通りに使用しましょう。
- 抗生物質の処方に従い、指示された通りに服用する
- 副作用が現れた場合は、速やかに医師に報告する
- 抗生物質を無断で中断しない
保険適用の有無と治療費の目安について
淋病性結膜炎の治療では、健康保険が適用されるものと適用外のものがあります。
保険適用になる治療
保険適用になる治療には、診察や検査が含まれます。自己負担は原則として3割です。
点眼薬ではセフメノキシムが、筋肉注射ではスペクチノマイシンが淋病性結膜炎の治療薬として保険適用されています。
保険適用外の治療
セフトリアキソンの静脈注射、セフォジジムの静脈注射、アジスロマイシンの単回経口投与は保険適用外です。
また、淋病に抗生物質への耐性がある場合には、一度の治療では効果が得られないときがあり、再検査が必要になるケースがあります。
1カ月あたりの治療費の目安
淋病性結膜炎の治療における1カ月あたりの治療費の目安は、治療の回数や必要な検査によって異なります5)6)。
項目 | 保険診療(3割負担の場合) | 自費診療 |
診察料 | 870~1,620円 | – |
検査代 | 800~1,500円 | – |
点眼薬 | 数百円程度 | – |
注射 | 数百円程度 | 数千~1万円程度 |
経口摂取 | – | 1,000~2,000円程度 |
保険診療を受ける場合の治療費は、点滴代や検査代を含めても、1カ月に数千円程度が目安です。
一方、保険が適用されない治療薬では1万円を超えるケースがあります。
具体的な料金については、医療機関にお問い合わせください。
参考文献
1) 眼と性感染症/日本性感染症学会
2) 淋菌感染症/日本性感染症学会
3) 淋菌感染症とは/NIID国立感染症研究所
4) 眼と性感染症―症状とその鑑別判断/日本性感染症学会
5) 眼科点数早見表/日本眼科学会
6)薬価・添付文書/しろぼんねっと
CUESTA CHASCO, Genoveva, et al. Adult gonococcal conjunctivitis: Prevalence, clinical features and complications. Journal of Medical Microbiology, 2021, 70.9: 001416.
BELGA, Sara, et al. Gonococcal conjunctivitis in adults: Case report and retrospective review of cases in Alberta, Canada, 2000–2016. Sexually Transmitted Diseases, 2019, 46.1: 47-51.
LEE, J. S., et al. Gonococcal keratoconjunctivitis in adults. Eye, 2002, 16.5: 646-649.
HA, Seung Hee; KIM, Hui Kyung; JO, Yeon Ji. Acute Gonococcal Conjunctivitis in Adolescent Teenager: A Case Report. Korean Journal of Ophthalmology: KJO, 2023, 37.1: 91.
WANG, Mei-Fang; WANG, Li; LI, Lin-Feng. Gonococcal conjunctivitis after incomplete treatment of gonococcal urethritis. Infection and Drug Resistance, 2019, 1381-1384.
OKONKWO, Sunday Nnamdi; NKANGA, Elizabeth Dennis. Bilateral Gonococcal Conjunctivitis in An Adult: A Case Report. International Archives of Integrated Medicine, 2022, 9.4.