急性出血性結膜炎(AHC)
急性出血性結膜炎(AHC)とは、主にエンテロウイルス70型(EV70)とコクサッキーウイルスA24変異株(CA24v)の2種類のウイルスに感染して発症する目の疾患です1)。
突然の強い目の痛みや異物感、光を異常にまぶしく感じる羞明などの症状で始まり、結膜の充血や出血を伴うケースが多いです。
ウイルスの感染力が強く、だれか1人がかかると、あっという間に周囲に感染を広げてしまう可能性があります。
当ページでは、急性出血性結膜炎(AHC)の症状や原因、治療法について詳しく解説します。
この記事の著者
名前 / Name
高田 尚忠(たかだ なおただ)
高田眼科 院長|ひとみ眼科 / フラミンゴ美容クリニック 眼瞼手術担当医師
岡山大学医学部卒業後、郡山医療生活協同組合 桑野協立病院などの様々な医療機関を勤務し、現在は高田眼科の院長を務める。2022年3月より、名古屋市内の伏見駅近くのフラミンゴ眼瞼・美容クリニックを開院。
急性出血性結膜炎(AHC)の病型
急性出血性結膜炎(AHC)は、急激に進行する結膜の炎症であり、出血を伴うのが大きな特徴です。
結膜とは、白目の表面とまぶたの内側を覆う透明な膜を指し、この部分が炎症を起こして急性出血性結膜炎が発生します。
結膜下出血は通常痛みを伴わず、視力への影響も少ない場合が多いです。ただし、出血が多いケースでは、非常に目立つため不安を感じる方もいます。
子どもから大人まで、どの年代でも発症し、年間を通して流行する可能性があります。
急性出血性結膜炎の2つの病型
急性出血性結膜炎は、エンテロウイルス型とコクサッキーウイルス型の2種類の病型があります。
病型 | 特徴 |
---|---|
エンテロウイルス型 | 潜伏期間は24時間。ごく稀に合併症を伴うケースがある。 |
コクサッキーウイルス型 | 潜伏期間は2~3日。 |
エンテロウイルス型とコクサッキーウイルス型の主な違いは、潜伏期間です。
エンテロウイルス型では、ごく稀に合併症を伴う場合があるため、症状の改善後にも注意が必要です。
エンテロウイルス型の合併症
エンテロウイルス型では、急性出血性結膜炎の症状が改善して6~12カ月後に、稀に四肢麻痺※1や顔面神経麻痺※2を引き起こすケースがあります1)。
※1 四肢麻痺(ししまひ):左右の手足全部が麻痺して、上手く動かせない状態を指します。
※2 顔面神経麻痺(がんめんしんけいまひ):顔の筋肉が動きづらくなり、表情を作るのが困難になる状態です。通常は、顏の左右どちらか半分で起こります。
「発症率は約2万例に1例」との報告が海外にあり、合併症への過度な心配は必要ありません2)。
ただし、可能性がゼロでありませんので、急性出血性結膜炎が治った後に手足がしびれる、顔の感覚がなくなるなどの症状がみられたら、すぐに医療機関を受診しましょう。
急性出血性結膜炎(AHC)の症状
急性出血性結膜炎(AHC)は、目の痛みや異物感、充血などの症状が急激に現れます。
- 結膜下出血:結膜下の細かい血管が破れ、赤い斑点が目立つ。
- 結膜充血:結膜の血管が拡張し、目が赤くなる。
- 刺激感・異物感:目に砂が入ったような感覚やチクチクとした痛み。
- 分泌物の増加:眼脂(目やに)が多くなり、涙が増える。
- 稀に視力への影響:重症の場合、一時的に視力が低下する可能性がある。
急性出血性結膜炎(AHC)の典型的な症状は眼球結膜下出血
急性出血性角膜炎の典型的な症状は、眼球を覆う結膜下の出血です。結膜下出血はポツポツと点状で現れ、数珠のように連なるケースが多いです。
また、結膜の血管が拡張して起こる充血が認められます。
結膜の炎症が刺激になり、異物感や痛み、涙が増えるなどの症状を伴うものも少なくありません。
眼科での所見としては、軽度の結膜濾胞※3を認める場合があります。
※3 結膜濾胞:まぶたの裏にプツプツとした小さなドーム状の隆起ができる。
視力への影響
急性出血性結膜炎は、稀に角膜炎を合併するケースがあるため注意が必要です。
角膜炎は、眼の表面が濁り視界がぼやけるといった症状を伴う可能性がありますので、治療中であっても視力の変化を感じたら眼科を受診しましょう。
全身症状
急性出血性結膜炎の発症から2日ほどで、風邪のような症状を伴うときがあります。
具体的には、発熱、頭痛、咽頭炎、咳など軽度の全身症状が挙げられます。
急性出血性結膜炎(AHC)の原因
急性出血性結膜炎(AHC)は、ウイルスへの感染が原因で引き起こされます。
ウイルスへの感染で発症
急性出血性結膜炎の最も一般的な原因は、エンテロウイルス70型(EV70)とコクサッキーウイルスA24変異株(CA24v)への感染です1)。
罹患者の涙や鼻水などに触れた後に自分の目を触る「直接接触」や、ウイルスが付着した物を介する「間接接触」が、感染経路として挙げられます。
公共の場所や集団生活での感染リスクがとくに高く、流行を引き起こす場合があります。
アデノウイルスが原因である報告も
急性出血性結膜炎は、エンテロウイルス70型とコクサッキーウイルスA24変異株だけでなく、「アデノウイルスへの感染も発症原因になる」と報告されています1)3)。
ウイルス感染に影響を及ぼすもの
集団生活やウイルスが増殖しやすい高温多湿な環境では、ウイルスに感染するリスクが高くなります。
感染要因 | リスク |
---|---|
環境 | 集団生活、高温多湿な環境ではウイルス感染のリスクが高くなる。 |
免疫力 | ウイルスへの免疫力が未発達な幼児や高齢者、免疫力が弱っている人は、ウイルス感染のリスクが高くなる。 |
アレルギー体質 | アレルギー性結膜炎を発症しているときに急性出血性結膜炎に感染すると、症状がより重くなる可能性がある。 |
また、不規則な生活やストレスなどによって免疫力が弱っている人は、急性出血性結膜炎になりやすいため、十分な睡眠や栄養バランスのとれた食事をふだんから心がけましょう。
急性出血性結膜炎(AHC)の検査・チェック方法
急性出血性結膜炎(AHC)を特定するには、目の状態の観察や粘膜の拭き取り検査などを行います。
検査方法 | 詳細 |
---|---|
目の観察 | 目の外観や動きを観察 |
スリットランプ検査 | 結膜や角膜の状態を詳細に確認 |
結膜の拭き取り検査 | ウイルスや細菌感染の検査 |
視力検査 | 視力の変化を確認 |
血液検査 | 炎症マーカーと他の感染症の確認 |
アレルギー検査 | アレルギー反応の特定 |
検査前には、症状が出始めた時期、アレルギーの有無、光の眩しさや痛みなどの感覚を確認する問診を行います。
潜伏期間前後で急性出血性結膜炎の罹患者との接触があったときは、問診の際に医師に伝えるようにしましょう。
目の観察
医師が患者さんの目を直接確認して、結膜の赤み、腫れ、眼脂(目やに)や涙の量などを観察します。
この際に、眼球の動きに異常がないかもチェックさせていただきます。
スリットランプ検査
スリットランプ(細隙灯顕微鏡)といった特殊な顕微鏡を使用して、目の前部を確認する検査です。
目に細かな光を当てて、結膜や角膜の炎症、出血、むくみなどを詳細に観察します。
粘膜の拭き取り検査
結膜を綿棒などで拭き取ってサンプルを採取し、ウイルスの感染を確認します。
ウイルスの検出に使用される主な方法は、ウイルスの抗原を検出する「抗原検出」と、ウイルスの遺伝子を増幅させて検出する「PCR法」の2つです。
この他に、血清抗体価の測定によってウイルスの存在を確認する場合があります。血清抗体価測定は、指先から採血して行います。
追加検査
必要に応じて、視力検査、血液検査、アレルギー検査などの追加検査を行います。
- 視力検査:視力に変化がないかを確認。
- 血液検査:体内の炎症反応や他の感染症の指標を確認。
- アレルギー検査:結膜炎の原因がアレルギーによるものかを特定。
急性出血性結膜炎(AHC)の治療方法と治療薬
急性出血性結膜炎(AHC)の原因ウイルスに有効な抗ウイルス薬がないため、主に症状の軽減と合併症の予防を目的として治療が行われます。
結膜下出血は自然に吸収されるため特別な治療は必要ありませんが、出血量によって吸収されるまでの期間が異なります。
急性出血性結膜炎の治療薬
- 人工涙液:目の乾燥を防ぎ、不快感を軽減します。
- 抗アレルギー薬:かゆみを和らげるために使用されます。
- ステロイド薬・非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs):炎症を和らげるために用いられます。
- 抗菌薬:細菌への混合感染防止のために用いられます。
人工涙液
人工涙液は眼の表面を保護する役割があり、結膜の炎症による不快感や乾燥感を軽減できます。
薬剤 | 一般名 |
---|---|
人工涙液 | ホウ酸・無機塩類配合剤液 |
抗アレルギー薬
急性出血性結膜炎はかゆみがない場合が多いですが、かゆみが強いときには抗アレルギー薬を使用していただきます。
薬剤 | 一般名 |
---|---|
抗アレルギー薬 | オロパタジン塩酸塩、エピナスチン塩酸塩 など |
ステロイド薬・非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)
結膜の炎症を軽減するために、ステロイド薬や非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が処方されるケースがあります。
薬剤 | 一般名 |
---|---|
ステロイド点眼薬 | プレドニゾロン、フルオロメトロン など |
非ステロイド抗炎症薬 | プラノプロフェン、ブロムフェナクナトリウム |
抗菌薬
急性出血性結膜炎はウイルスによる感染が原因ですが、細菌による混合感染を予防する目的で抗菌薬を使用していただく場合があります1)。
薬剤 | 一般名 |
---|---|
抗菌薬 | ノルフロキサシン、オフロキサシン など |
感染対策と治療中の注意点
急性出血性結膜炎の原因であるエンテロウイルスやコクサッキーウイルスは、感染力が強いため、感染を広げないような工夫が必要です。
- 手洗いの徹底
- タオルやハンカチの共有を避ける
- 目をこすらない
感染拡大を防ぐために、流水と石鹸によるこまめな手洗いが有効です。
目をこすると炎症が悪化してしまう危険性があり、他の人にうつるリスクが高まりますので、違和感があっても目に触れないようにしましょう。
急性出血性結膜炎(AHC)の治療期間
急性出血性結膜炎(AHC)の治療期間は症状の重さによって異なりますが、通常5~10日ほどで回復します。
治療期間と症状の変化
治療期間 | 主な症状の変化 |
---|---|
初期(1~2日) | 結膜の充血や出血、腫れ、痛み、異物感 |
中期(3~5日) | 症状のピーク、涙や分泌物の増加 |
後期(6~10日) | 症状が改善、回復に向かう |
急性出血性結膜炎は急激に症状が現れますが、回復に向かうまでの期間も比較的短いのが特徴です。
ただし、痛みや異物感、充血を伴った結膜の炎症が治まっても、結膜下出血が残るケースが多いです。
結膜下出血は一般的に数日から数週間で自然に吸収され、色が変わる過程を経て完全に消失します。
出席停止期間
急性出血性結膜炎は、学校保険安全法の第3種の感染症に位置付けられています4)。
そのため、医師によって感染の可能性がないと認められるまでは、出席停止期間となります。
成人での出勤停止期間や外出制限等の決まりはありませんが、症状が良くなるまでは出勤を控えるのが望ましいです。
症状が長引くときは再度の受診が必要
急性出血性結膜炎は、免疫状態や他の健康問題が影響して、稀に治療期間が長引くケースがあります。
重症化を防ぐために、症状が長引くときは再度医療機関の受診が必要です。
薬の副作用や治療のデメリットについて
急性出血性結膜炎(AHC)の治療薬には、それぞれに副作用があります。
治療中に目の充血がひどくなったり、かゆみが強くなったりなどの副作用が確認されたときには、治療薬の使用を中止し早急に医師に相談するようにしましょう。
人工涙液の副作用
- 光を眩しく感じる
- 目が疲れやすくなる
人工涙液には重篤な副作用がありませんが、光を眩しくかんじたり、目が疲れやすくなったりなどの過敏症が起こる可能性があります。
抗アレルギー薬の副作用
- 刺激感(しみる)
- 目のかゆみ
- 充血
- 涙や眼脂(目やに)の増加
抗アレルギー薬の副作用として、刺激感や目のかゆみなどが挙げられます。
ステロイド薬・非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の副作用
ステロイド薬
- 眼圧の上昇
- 感染症のリスク増加
- 白内障
- 緑内障
ステロイド点眼薬には、眼圧上昇や感染症のリスク増加が副作用としてあります。
12歳未満の小児では、とくに眼圧上昇の可能性が高まりますので、使用には注意が必要です。
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
- 刺激感(しみる)
- 充血
- かゆみ
- 涙や眼脂(目やに)の増加
非ステロイド性抗炎症薬には、ステロイド薬よりも副作用が比較的すくないメリットがあります。
ただし、刺激感や充血、目のかゆみなどが起こる可能性がゼロではありません。
抗菌薬の副作用
- 刺激感(しみる)
- 目のかゆみ
- 充血
- 眼脂(目やに)の増加
- ごく稀にアナフィラキシーショック
抗菌薬の主な副作用は、刺激感や目のかゆみです。
ごく稀にアナフィラキシーショックが起こる例がありますので、治療開始時には副作用の有無に気をつけて観察してください。
急性出血性結膜炎(AHC)の保険適用と治療費
急性出血性結膜炎(AHC)には、保険適用となる治療と保険適用外の治療があります。
保険適用になる治療
保険適用の治療には、抗菌薬や人工涙液の処方や結膜の拭き取り検査などが含まれます5)6)。
保険治療の場合、患者さんの自己負担は治療費の一部(通常は3割)です。
ただし、治療方法や使用する薬剤には保険適用範囲内のものに限ります7)。
保険適用外の治療
保険適用外の治療(自費治療)には、保険適用の治療では制限されない、より高価な薬剤や治療方法が含まれます。
ただし、これらの治療には健康保険が適用されないため、全額自己負担となります7)。
1か月あたりの治療費の目安
急性出血性結膜炎の治療にかかる費用は症状の重さや治療の必要性によって異なりますが、保険適用の治療では、点眼薬などの薬剤費用と診察費を合わせて、1か月あたり数千円程度が目安です。
自費治療を選択した場合は治療費が高額になる可能性がありますが、具体的な金額は治療内容や医療機関によって異なるため、直接医療機関にお問い合わせください。
保険適用の有無と治療費まとめ
項目 | 保険適用治療 | 保険適用外治療 |
薬剤 | 抗菌薬、人工涙液など | 高価な薬剤 |
自己負担 | 一部負担(通常3割) | 全額負担 |
1か月あたりの治療費目安 | 数千円程度 | 医療機関により異なる |
参考文献
1) 急性出血性結膜炎とは/NIID国立感染症研究所
2) 急性出血性結膜炎と神経合併症/国立感染症研修所感染症情報センター
3) Pan L. F., Liu H., Cui Q. Q., et al. Molecular epidemiological characteristics of acute hemorrhagic conjunctivitis caused by adenovirus infection in Pudong New Area, Shanghai from 2014 to 2016. China Journal of Viral Diseases . 2019;9(1):39–44.
4) 学校保険安全法施行規則/e-GOV
5) 眼科点数早見表/日本眼科学会
6) 薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和5年12月20日適用)/厚生労働省
7) 保険診療と自費診療の違い/アーク杉並デンタルクリニック
WRIGHT, Paul W.; STRAUSS, G. H.; LANGFORD, M. P. Acute hemorrhagic conjunctivitis. American family physician, 1992, 45.1: 173-178.
YAN, Dongmei, et al. Outbreak of acute hemorrhagic conjunctivitis in Yunnan, People’s Republic of China, 2007. Virology journal, 2010, 7.1: 1-7.
ZHANG, Li, et al. Molecular epidemiology of acute hemorrhagic conjunctivitis caused by coxsackie A type 24 variant in China, 2004–2014. Scientific reports, 2017, 7.1: 45202.
KHAN, Anis, et al. An outbreak of acute hemorrhagic conjunctivitis (AHC) caused by coxsackievirus A24 variant in Pakistan. Virus research, 2008, 137.1: 150-152.